鳥取家庭裁判所米子支部 昭和40年(家)295号 審判 1968年9月17日
申立人 安西喜明(仮名)
相手方 広石信子(仮名)
未成年者 安西進(仮名) 昭二九・一一・二三生
外一名
主文
本件申立を棄却する。
理由
申立人の申立の趣旨は、「申立人相手方間の長男安西進、長女安西敬子の親権者を相手方から申立人に変更するとの審判を求める。」というものであり、申立の理由の要旨は次のとおりである。
「申立人と相手方は、昭和三七年五月一一日当裁判所で調停による離婚をなし、その際長男安西進及び長女安西敬子の親権者を相手方と定めた。申立人が進及び敬子の親権者を相手方と定めることに同意した理由は、当時進及び敬子の両名が未だ幼く相当な時期まで母親たる相手方の下に置いた方がよいと思つたのと将来相手方と復縁する可能性をも考慮したためであつたが、その後、申立人は、現在の妻よし子と再婚し○○市に自宅を新築して、物質的にも精神的にも進及び敬子の引取り態勢が整つたのに対し、現に右両名を手許において監護している相手方の生活状態及び生活環境は、右両名の成育にとつて好ましいものではなく、加えて、特に男児ですでに中学生となつた進にとつては父親たる申立人の手許において監護教育するのが適当でもあるので、本件申立に及んだ。」
本件申立に対する当裁判所の判断の理由は以下記載のとおりである。
第1 当裁判所の申立人、相手方及び安西進に対する各審問の結果、家庭裁判所調査官作成の本件に関する調査報告書、申立人及び相手方の各戸籍謄本、申立人作成の昭和四二年一二月六日付鳥取家庭裁判所米子支部家事審判官宛書面、申立人作成の口頭弁論準備手記と題する書面並びに申立人作成の親権者変更についての特別願いと題する書面等を含む本件記録によれば、以下の事実を認めることができる。
1 申立人は、相手方に対し当裁判所に離婚の調停を申立て、昭和三七年五月一一日、双方間に、双方は離婚し、双方間の長男安西進(昭和二九年一一月二三日生)及び長女安西敬子(同三三年四月一四日生)の親権者を相手方と定め、申立人は相手方に対し子の養育料四〇万円を支払うことを内容とする調停が成立し、以来進及び敬子の両名は相手方に引取られその監護教育を受けて今日に至つている。
2 申立人は、昭和三八年相手方に対し進及び敬子の親権者を申立人に変更することを求めて当裁判所に調停を申立て、調停不成立となり、昭和三九年一月二一日申立棄却の審判がなされ、申立人は、審判に即時抗告をしたが棄却され、審判は確定した。
3 申立人は、離婚調停成立当時海上保安官として○○海上保安部に勤務していたが、その後、昭和四一年九月○○海上保安部に転勤し、同四二年一月一九日頃から巡視艇「○○○○」の機械長として海上保安の任務に当つており、現在一等海上保安士である。その間、申立人は、昭和三九年六月、現在の妻安西よし子と再婚し、○○市○○町○○△△△番地に建坪一七坪の自宅を新築し、現在、妻よし子及びよし子と前夫の間の子で申立人との間に養子縁組をした安西友子(昭和三三年三月二一日生)との三人暮しであり、申立人の給与は昭和四三年五月当時で六一、五三八円(税込み)に達し、月約一〇、〇〇〇円位の預金もでき、物質的不自由なく、進及び敬子を引取つても普通の生活を維持できる状態にある。
4 申立人は、昭和四二年一〇月、調停で定まつた四〇万円の養育料の支払を了し、その後も進及び敬子に品物を送るなどして援助の心尽しをする外、折々父親としての励ましの手紙を出し、両人からの返信を受け取つているが、昭和四三年六月一六日には、同四一年九月以来約一年九月ぶりで相手方を訪れて進及び敬子に会い、父親の立場から励ましを与えるなど、両名に対し強い愛情を示し、その福祉を心にかけている。
5 申立人は、進及び敬子の暮している生活環境及び住宅環境が余り良くない上に、相手方の家計が楽でないため、中学卒業後の進の進学に困難があるとし、殊に進は男の子であるから父親たる申立人の手許に引取つて監護し高校へ入学させて教育するのが適当であるとして、進及び敬子の両名、特に進について強く、自己への親権者変更を望んでいる。なお、申立人の妻よし子も、進及び敬子の引取りに賛成しこれを奨めている。
6 相手方は、離婚後、進及び敬子を養育しつつ、化粧品のセールスマン等を経て、昭和三九年三月頃から○○町の料亭○○屋の下働きの女中として通勤で働いており、その収入は、月により変動はあるが月当り大略一五、〇〇〇円程度で、外に定まつた収入としては、生活保護法による生活扶助月約八、五〇〇円の支給を受けているのみで、申立人側に比し生計の苦しいことは明らかである。しかしながら、相手方の住居の近所には相手方の実家があり、相手方の父母及び建具商を営む弟夫婦が居住しており、相手方家族の面倒をみてくれており、進及び敬子は、始終同家へ出入りして右祖父母等と親しみその世話になつている。相手方の住居は三部屋から成る借家で特に恵まれたものではないにせよ、進及び敬子の生活に著しい支障を感じさせる程のものではなく、また、周囲も住宅地で不良な生活環境ではない。相手方は、勤めの関係で帰宅の遅れることもあるが、その際は実家の母が孫である進及び敬子の食事の世話を引き受けている。相手方は、進及び敬子に対して強い愛情を抱き、二児に不自由をさせないよう気を遣い、二児の成長を心の支えとしており、再婚の意思はない。相手方は、本件親権者変更申立に対しては、進及び敬子のためにも自己の手許で自己が監護する方がよいし、自分の意思としても手離したくないので、進及び敬子自身が希望すればとも角として、そうでない限り二児のいずれについても申立人のもとに引取らせもしくは親権者を申立人に変更することには応じられないとの意思を表明している。
7 現在、進は中学校二年生、敬子は小学校四年生で心身ともに健かに育つている。両名は、両親離婚後今日まで六年間にわたり相手方のもとでその監護を受けて相手方と生活を共にして来たものであり、相手方との間に親子水入らずの強い情愛の絆で結ばれ和合した円満な家族関係を形成している。進及び敬子とも父親たる申立人との間でも便りを交し、学用品の欲しいものを申立人に書き伝えて申立人から送つて貰うなど、申立人に対する情愛にも欠けていないけれども、さればといつて、長く一緒に暮した相手方のもとを離れて申立人のもとへ移つて生活することは希望しておらず、引続き相手方のもとで暮すことを望んでいる。
第2 申立人が進及び敬子に対し父親としての強い愛情を抱き、両名の福祉を願つていることは、前記認定に係るこれまでの申立人の進及び敬子に対する態度等から疑いのないところである。そして、進及び敬子は、もし申立人に引取られるならば、現状に比し物質的により恵まれた生活を送り得るであろうことは確実であるし、また、一般に、稍年長の男の子にとつては、母の監護教育のみでなくこれと併わせて父のそれをも受けることが望ましいことも異論のないところであろう。しかしながら、他方、相手方が進及び敬子の親権者としてその監護教育をするのに適しない性格素行の持主であること、相手方の進及び敬子に対する監護教育に著しく失当なもののあつたことを認めるに足る措信すべき資料はないし、進もしくは敬子が父親による監護教育を受けないため性格形成上好ましからぬ歪みを生じつつあることを窺わせる形跡も認められない。幼い敬子についてはもとより、未だなお少年の域を脱せず精神の動揺しやすい年頃にある進についても、歪みない健全明朗な性格の形成を遂げるには、物質生活の豊さに優つて親権者や同胞との間の強い情愛の絆と親権者に対する信頼感を基礎とする精神的に安定和合した家族環境こそ最も大事なものである。以上の点を念頭において前記第1項認定の諸事情を綜合検討するに、すでに六年の長きにわたり相手方の膝下にあつてその監護教育のもとに物質的に余裕のある生活ではないが肉親のみの親子三人苦楽を共にし、相手方に対する信頼と強い情愛に結ばれて安定和合した家族関係を構成しその中にはぐくまれて来た進及び敬子について、その親権者を申立人に変更し、その結果、進等が相手方のもとから申立人の家庭に移つて申立人の家族関係の中で申立人の監護教育に服することとなることは、進及び敬子のいずれにとつても果して現状に比しその福祉をより高める所以であるか疑問の存するところであり、その必要性を認めることはできないし、また、特に、進及び敬子もしくはそのいずれかの監護者は従前どおり相手方とし、監護権を除いた親権者を申立人に変更するという措置を採るべき特段の必要も認めることはできない。
第3 以上の次第で申立人の申立は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 高橋正之)